『モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』は、息子を自殺で失った母親の姿を通じて、恐ろしい「怪物」の実態を描き出す衝撃的なノンフィクションです。2005年、長野県の高校で起きたバレーボール部員の自殺事件を背景に、母親は学校の責任を徹底的に追及し、校長を殺人罪で刑事告訴するまでに至ります。
人権派弁護士やメディア、社会の支援を受け、学校は崩壊寸前に追い込まれる一方、教師たちは真実を求めて法廷での闘いに挑みます。そこに浮かび上がるのは、子どもを死に追いやった母親の狂気と、教育現場に潜む恐ろしい現実です。
これを原作としたドラマ『明日の約束』は、いじめや家庭問題、社会の闇をリアルに描き、現代社会の課題に鋭く切り込むヒューマンミステリーとして高い評価を受けています。
【丸子実業高校バレーボール部員自殺事件】の詳細

事件の発端は、2005年12月6日、長野県の丸子実業高校(現・丸子修学館高校)に通っていた1年生男子生徒が自宅で首を吊って自殺したことでした。生徒は声が出にくい障害を抱えながらもバレーボール部に所属していましたが、夏以降は不登校が続き、何度か家出も繰り返していました。生徒は母親に対し、部活動の先輩から声の障害をからかわれたり、ハンガーで頭を叩かれるなどのいじめを受けていたと訴えていました。
自殺直前、学校からは出席日数不足のため進級が困難であるという通知が届きました。生徒の遺書やノートには「いじめをなくしてほしい」といった記述があり、母親はこのいじめが自殺の原因であると主張しました。母親は学校や部員、県などを相手取り損害賠償を求めて提訴し、校長を殺人罪で刑事告訴するなど強い姿勢を見せました。
しかし、学校側は「いじめはなかった」との立場を崩さず、バレーボール部の保護者会も同様の見解を示しました。刑事告訴は不起訴となり、民事裁判でも母親の主張は認められませんでした。逆に、母親がバレーボール部員らに損害賠償を支払うよう命じられる結果となり、母親は控訴しましたが、最終的に取り下げたため地裁判決が確定しました。
事件の過程で、母親による育児放棄や虐待、家庭内の問題も指摘され、児童相談所が母子分離措置を検討していたという報道もありました。生徒が家出を繰り返していたことや、家庭内でのトラブルも事件の背景として浮かび上がってきました。
母親は、息子が生前に「いじめを受けている」と訴えていたことや、遺書やノートに「いじめをなくしてほしい」と書かれていたことを根拠に、学校やバレーボール部、長野県を相手取って損害賠償請求訴訟を起こしました。また、学校側の対応に強い不信感を持ち、校長を殺人罪で刑事告訴するなど、非常に強硬な姿勢を示しました。
さらに、母親は事件後、テレビや新聞などのマスメディアを通じて積極的に発言し、いじめの実態や学校の対応の不備を社会に訴えました。ワイドショーやニュース番組にも出演し、息子の無念や自分の思いを繰り返し語っています。一方で、母親自身の家庭内での言動や行動についても問題視されていました。報道によれば、母親による育児放棄や虐待が疑われ、児童相談所が母子分離措置を検討していた時期もありました。生徒が家出を繰り返していたことや、家庭内でのトラブルも事件の背景として指摘されています。
このように、母親は息子の死の真相究明と責任追及のために積極的かつ強硬な行動を取り続けましたが、その一方で家庭内の問題や母親自身の言動も事件の複雑化に影響を及ぼしました。
事件の真実に迫る一冊『モンスターマザー』福田ますみ

『モンスターマザー』は、事件の発端から裁判、そして社会的な反響までを、膨大な取材と裁判記録に基づいて詳細に描いています。2005年12月、長野県の丸子実業高校(現・丸子修学館高校)で起きた1年生男子バレーボール部員の自殺事件では、生徒の母親が「部内いじめが原因」と主張し、や教師、部員、長野県を相手取って損害賠償請求訴訟を起こします。さらには校長を殺人罪で刑事告訴するという異例の行動にも出ます。
母親は、息子の死を「いじめ自殺」と断定し、学校側の対応を徹底的に糾弾しました。彼女の主張は、当初マスメディアにも大きく取り上げられ、新聞やテレビは“悲劇の母”の言葉に寄り添う形で報道を展開します。部内でいじめが横行し、学校はそれを隠蔽している――そんなイメージが世間に一気に広まりました。
しかし、著者・福田ますみ氏は、この事件を「いじめ自殺=学校が悪い」という単純な構図では語れないものとして描いています。母親の異様な執念や、時に事実を歪めてまで周囲を攻撃し続ける姿勢が、学校関係者や生徒たちを精神的に追い詰めていきます。彼女の行動は、社会やマスコミ、弁護士、議員など多くの大人たちを巻き込み、学校は崩壊寸前にまで追い込まれていきます。
本書の中で特に印象的なのは、メディアの報道のあり方です。校長が「校内でのいじめはなかった」と主張した会見は、テレビ局側の編集によって歪められ、会見後に安堵した一瞬の表情が「生徒が自殺したのに笑っている校長」としてセンセーショナルに放送されてしまいます。その結果、学校には嫌がらせや脅迫の電話が殺到し、ネット上でも誤った情報が拡散されました。バレーボール部は大会で「人殺し!」と野次を浴びるなど、二次被害が広がっていきます。
7年に及ぶ裁判の末、いじめの事実は認められず、逆に母親側が敗訴しました。母親は、学校関係者への損害賠償を命じられる判決を受けますが、支払いには応じていません。裁判の過程で明らかになったのは、母親自身の家庭内での問題や、育児放棄、虐待の疑いなど、事件の背景にあった複雑な事情でした。
それでも母親は戦いをやめず、社会やマスコミもまた、事件を一方的な「いじめ自殺」として扱い続けます。誰が本当の被害者で、誰が加害者なのか。その境界はどんどん曖昧になり、読者は「正義とは何か」「親とは、社会とは何か」といった根源的な問いに向き合わざるを得なくなります。
『モンスターマザー』は、こうした事件の全貌を徹底取材で描き出し、加害者と被害者の立場が入れ替わる過程、母親の異常な執念、メディアや社会の無責任な反応を浮き彫りにしています。読後には「他人事ではいられない」「事実を知らずに一方的な正義感で動くことの危うさ」に気づかされ、胸が重くなります。正義や被害者像がいかに簡単に反転し、誰もが加害者にも被害者にもなりうる現実の怖さを感じさせる一冊です。
【丸子実業高校バレーボール部員自殺事件】まとめ
『モンスターマザー』は、単なるいじめ事件の枠を超え、親の執念やメディアの影響、社会の正義感がいかに事態を複雑化させるかを描き出しています。事件をめぐる一方的な報道や、母親の強硬な主張が学校や生徒に深刻な二次被害をもたらした現実は非常に重いものです。誰もが加害者にも被害者にもなりうる現代社会において、事実を見極める冷静さと、情報を受け取る側のリテラシーの重要性を痛感させられる一冊です。
この事件を通して、子どもを取り巻く家庭環境の重要性、学校や社会の支援のあり方、そして情報を受け取る側のリテラシーの大切さを改めて考えさせられます。失われた命と、戻らない平穏な日常。正義を掲げる人々やメディアの振る舞いが、時に新たな悲劇を生むことを忘れてはなりません。
本書を読み終えたとき、胸に残るのは、単純な被害者・加害者の構図では語れない事件の複雑さと、誰もが加害者にも被害者にもなりうる現実の怖さです。母親の執念、学校や教師の苦悩、社会やメディアの過剰反応が絡み合い、正義がいかにして暴走し、周囲に新たな悲劇をもたらすのか――。
『モンスターマザー』は、情報があふれる現代において、私たち一人ひとりが「真実」を見極める目と、冷静な判断力を持つことの大切さを、改めて強く実感させてくれる作品です。
本の概要
■モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い
出版社:新潮社 (2016/2/18)
発売日:2016/2/18
言語:日本語
単行本(ソフトカバー):256ページ
Amazon.co.jp: モンスターマザー:長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い : 福田 ますみ: 本
コメント