MENU

「私が殺されたら犯人はA」――警察が無視した“生きた遺言”と桶川ストーカー殺人事件の真実

日常のすぐ隣に潜む恐怖が、なぜ防げなかったのか――。

1999年に埼玉県桶川市で発生した『桶川ストーカー殺人事件』は、被害者・猪野詩織さんが執拗なストーカー被害と生命の危険を何度も警察に訴えながらも、その声が無視され、悲劇的な結末を迎えた事件です。
この事件の真相と、詩織さんが生前に残した「私が殺されたら犯人はA」という“生きた遺言”を徹底取材で明らかにしたのが、清水潔記者によるノンフィクション『桶川ストーカー殺人事件―遺言』です。

本書は、警察の組織的不正や社会の無関心、そして被害者遺族の苦しみまでを克明に描き、ストーカー犯罪と命を守る社会の責任を私たちに強く問いかけています。
ここでは、事件の経緯と警察対応の実態、そして今も語り継がれる教訓について詳しく解説します。

目次

【桶川ストーカー殺人事件】の詳細

『桶川ストーカー殺人事件(JR桶川駅西口女子大生路上殺人事件)』は、1999年10月26日に埼玉県桶川市で発生した、ストーカー犯罪と警察の対応不備が社会問題化した象徴的な事件です。被害者は跡見学園女子大学2年生の猪野詩織さん(当時21歳)で、元交際相手の小松和人(当時27歳)とその兄らによる執拗なストーカー行為の末、JR桶川駅前の路上で刃物によって刺殺されました。

事件の発端は、1999年1月ごろから始まった猪野詩織さんと小松和人との交際でしたが、関係が悪化し別れ話を切り出すと、小松は逆恨みし、無言電話や自宅周辺の徘徊、誹謗中傷ビラのばらまき、父親の勤務先への中傷文書送付など、嫌がらせをエスカレートさせていきました。詩織さんと家族は、こうした被害について「電話で脅されている」「自宅の近くに来て変な嫌がらせもされている」などと埼玉県警上尾署に繰り返し相談しました。特に、小松和人とその兄が自宅に押しかけて「Aが会社の金を500万円横領した。お宅の娘に物を買って貢いだ。精神的におかしくされた。娘も同罪だ。誠意を示せ」などと1時間以上詰め寄られたり、殺害を示唆するような発言があった際にも、母親が警察署に出向き、被害の深刻さを訴えています。また、無言電話や徘徊、ビラまきなどの被害に加え、「殺されるかもしれない」といった不安や、元交際相手の逮捕を求める声も警察に届けられていました。

しかし、警察の対応は極めて不適切かつずさんなものでした。詩織さんと家族が何度も「助けてほしい」と相談に訪れても、警察は「男女の痴話げんか」「民事不介入」などと取り合わず、実質的に被害を放置しました。警察は「警察は告訴がなければ捜査できない」「嫁入り前の娘さんだし、裁判になればいろいろなことを聞かれて、辛い目に遭うことがいっぱいありますよ」などと消極的な姿勢を示し、家族が「今日告訴しますからお願いします」と強く訴えても「試験が終わってからでもいいんじゃないですか」と先延ばしにし、被害届の提出を促すだけで、実質的な捜査や保護措置は行われませんでした。さらに、告訴状を提出すれば動くと言われ、家族は苦渋の決断で告訴状を出しましたが、警察はその告訴状を改ざんし、正式な捜査を行わないまま5か月が経過。事件発生前には、加害者側に誓約書を書かせて放置するなど、被害防止に向けた組織的な対応も取られませんでした。被害届や告訴状の受理をめぐっても、警察側が告訴を取り下げるよう働きかけたり、うその書類を作成したりするなど、不適切な対応が続きました。詩織さんは友人に「私、本当に殺される。警察はもう頼りにならない。結局なにもしてくれなかった」と不安を漏らしていたとされています。

事件後の警察の記者会見では、埼玉県警は自らの捜査の怠慢や被害相談への不誠実な対応について、十分な説明や責任を明確にしないまま、「男女の問題」「民事不介入」などの言い訳を繰り返しました。また、被害者の所持品として「黒いミニスカート」「厚底ブーツ」「プラダのリュック」「グッチの時計」などを強調し、事件の本質とは無関係なブランド品をあえて取り上げることで、被害者に“派手な女子大生”というイメージを植え付けるような発言も目立ちました。この発表は、警察の責任回避や組織防衛の姿勢が色濃く表れたものであり、社会の不信感やメディア批判を一層強める結果となりました。

さらに、事件後の調査報告書で「告訴状の改ざんと捜査怠慢」の事実が認められ、埼玉県警本部長が遺族宅を訪れ「詩織さんやご両親の訴えを真摯に聞いていれば、娘さんが殺害されることはなかった」と謝罪しました。しかし、国家賠償請求訴訟では「調査報告書は家族を鎮めるために作成したもの」「殺害と捜査怠慢の因果関係はない」と主張し、裁判でも警察の責任が正面から認められることはありませんでした。また、事件の経過や警察の対応のずさんさは、写真週刊誌『FOCUS』や報道番組『ザ・スクープ』による調査報道で明らかになり、社会的批判が高まりました。結果として、警察内部では3人が懲戒免職、15人が処分される事態となりました。

やがて小松和人の兄が主犯格となり、風俗店長で元暴力団組員の男(実行犯)らに2000万円の報酬で殺害を依頼します。1999年10月26日昼、詩織さんは大学へ向かうため桶川駅西口のスーパー脇の路上で自転車を停めたところ、実行犯にナイフで背中と胸を刺され、出血多量で死亡しました。犯行グループは5人で、元交際相手はアリバイ作りのため沖縄に滞在していました。

当初は通り魔事件と見られていましたが、家族や友人の証言から小松和人の関与が浮上し、警察の怠慢が報道で明らかになると社会的批判が高まりました。実行犯ら4人は逮捕・起訴され、主犯格の兄には無期懲役、実行犯には懲役18年、運転役・見張り役には懲役15年が言い渡されました。小松和人は、事件後に指名手配され、2000年1月に北海道で首つり自殺をしているのが発見されました。この男は、警察の捜査が進む中で行方不明となり、最終的に自ら命を絶ったことで刑事責任を問われることはありませんでした。

事件は、ストーカー犯罪の深刻さと警察の対応の重要性を社会に突きつけ、2000年に「ストーカー規制法」が制定されるきっかけとなりました。また、報道被害やプライバシー侵害の問題も浮き彫りになり、被害者遺族は今も再発防止を訴え続けています。桶川ストーカー殺人事件は、被害者の命を守るための社会的仕組みの不備と、ストーカー被害の深刻さを象徴する事件として、今なお語り継がれています。

【桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫) 】清水潔

『桶川ストーカー殺人事件―遺言』は、写真週刊誌『FOCUS』記者・清水潔によるノンフィクションで、1999年に埼玉県桶川市で起きた女子大生ストーカー殺人事件の真相と、被害者・猪野詩織さんの「遺言」、そして警察の不正や社会の問題点を徹底的に追及した作品です。

本書の「遺言」とは、単なる被害者の最後の言葉ではなく、詩織さんが生前、友人たちに「私が殺されたら犯人はA(元交際相手)」と繰り返し伝えていた事実、そして「自分は本当に殺されるかもしれない」という強い危機感を託した“生きた証言”を指します。詩織さんは、ストーカー被害の深刻さや命の危険を感じながらも、警察に何度も相談し、家族や友人にも「助けてほしい」「警察はもう頼りにならない」と訴えていました。しかし警察は「男女の痴話げんか」などと取り合わず、告訴状の改ざんや捜査怠慢によって、詩織さんの訴えは無視され続けました。

清水潔記者は、詩織さんの友人たちから「詩織はAと警察に殺されたんです」「私が殺されたら犯人はA、って」と直接聞き取り、詩織さんの“遺言”を世に伝えることに執念を燃やしました。本書では、迷宮入りになりかけた事件の真相を、記者が独自の取材で解き明かし、警察の腐敗や報道の問題点、被害者遺族の苦しみまでを克明に描いています。

『桶川ストーカー殺人事件―遺言』は、詩織さんが命をかけて残した「自分が殺されたらAが犯人」という強いメッセージと、それを無視した社会や警察の責任、そして事件を通じて今も語り継がれる教訓を、ノンフィクションの力で社会に問いかけた一冊です。

【桶川ストーカー殺人事件】まとめ

『桶川ストーカー殺人事件』は、ストーカー犯罪の恐ろしさと警察の対応不備が社会問題として浮き彫りになった、決して風化させてはならない事件です。被害者である猪野詩織さんが、「警察はもう頼りにならない」と友人に漏らしていた事実は、あまりにも痛ましく、警察の責任は極めて重いと感じます。

この事件がきっかけとなってストーカー規制法が制定され、社会全体で被害者の命を守る仕組みづくりが進みましたが、ストーカー犯罪や警察の初動対応の課題は今もなお残されています。詩織さんの「遺言」は、私たちが二度と同じ過ちを繰り返さないために、被害者の声を真摯に受け止め、命を守るための行動を社会全体で考え続ける必要があることを強く訴えています。事件を知るたび、無念の思いとともに、社会が本当に学び、変わる覚悟を持たなければならないと痛感します。

本の概要

■桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)
出版社:新潮社 (2004/5/28)
発売日:2004/5/28
言語:日本語
文庫:418ページ
桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫) | 潔, 清水 |本 | 通販 | Amazon

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

犯罪心理学に興味があり、「人はなぜ犯罪を犯すのか」「加害者の心の闇」といった人間の深層に関心を持っています。本や事件記録を読むことで、加害者の生い立ちや心理、社会との関係性が見えてきて、単なる“悪”として片付けられない複雑さを感じています。

このブログでは、事件の事実だけでなく、加害者の心理や社会的背景にも目を向け、本や資料をもとに「人間の複雑さ」や「社会の課題」を一緒に書いていきたいと思います。

コメント

コメントする

目次