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「やまゆり園事件」から考える“生きるに値しない命”という思想と日本社会の分断

相模原障害者施設殺傷事件の現場となった神奈川県立津久井やまゆり園

相模原障害者施設殺傷事件」は、2016年7月26日未明、神奈川県相模原市緑区の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で発生した、日本の戦後犯罪史上最悪規模の大量殺傷事件です。

元職員の植松聖が施設に侵入し、入所者19人を刺殺、さらに職員を含む26人に重軽傷を負わせました。この事件は「やまゆり園事件」や「相模原殺傷事件」などとも呼ばれています。

事件の背景や加害者の優生思想、社会の分断を深く掘り下げたノンフィクションとして、『やまゆり園事件』や『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』などが出版されており、加害者の思想や社会の差別構造に切り込んだ書籍が複数存在します。

この事件は、障害者の命の尊厳や社会の包摂性、優生思想の危険性について、今なお深い問いを投げかけ続けています。

目次

【相模原障害者施設殺傷事件】について

事件の概要

2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、戦後日本最悪の大量殺人事件の一つとなる凄惨な事件が発生しました。

同施設の元職員である植松聖(当時26歳)が刃物を持って施設に侵入し、入所者19人を刺殺、入所者・職員あわせて26人に重軽傷を負わせました。

事件当時、園には157人の入所者と夜勤職員8人が在園していました。植松は午前2時ごろ裏口から侵入し、職員を結束バンドで拘束したうえで、寝ている入所者の上半身を次々と刺しました。

死亡したのは男性9人(41~67歳)、女性10人(19~70歳)で、ほとんどがベッドの上で発見されました。負傷者は入所者24人と職員2人で、重傷者も多く出ました。

犯行後、植松は自ら警察署に出頭し、「やまゆり園で起きた事件の犯人は私です。世界平和のためにやりました」と供述。

逮捕後も「障害者はいなくなればいい」といった優生思想に基づく発言を繰り返し、社会に大きな波紋を広げました。

犯行の動機

衆議院議長宛てに送った手紙。大量殺害を予告する内容が綴られていた

犯行動機は、植松による極端な優生思想と障害者差別に基づいていました。

やまゆり園での勤務を通じて、植松は「生産性のない者は生きる価値がない」「社会の負担になる」といった考えを強めていきました。

職場では障害者支援のあり方をめぐって同僚や上司と激しく衝突し、職員同士の忘年会でも「こういう人たちって、要らないんじゃないか」と主張して上司と口論になるなど、たびたび問題を起こしていました。

さらに、勤務中に入所者の発作を救った際に家族から感謝されなかったこともきっかけとなり、「障害者は社会に不要だ」という優生思想をより強めていったとされています。

施設側はその危険性を重く見て警察に通報し、園長や幹部との面談の場で突然「今日で退職する」と申し出て自主退職となり、その直後に「他人を傷つけるおそれがある」として精神科に措置入院となっています。

事件直前には、衆議院議長宛てに「障害者を抹殺するべきだ」と記した手紙を送っていました。

このように、障害者に対する根深い差別と優生思想、社会的な「役に立つ・立たない」という価値観への執着、そして職場でのトラブルや人間関係の悪化が、植松の思想をより過激なものへと押し上げ、最終的に凶行に至ったのです。

裁判とその後

警察車両に乗せられる植松聖

2020年1月から始まった横浜地裁での裁判員裁判では、植松は「重度・重複障害者を養うには莫大なお金と時間が奪われる」「障害者は社会にとって有害であり、意思疎通ができない人間は人間ではない」といった差別的な発言を繰り返し、自身の考えは“区別”であって“差別”ではないと主張しました。

また、「重度障害者は生きている意味がない」「社会の役に立たない人間は不要だ」とも証言し、命の価値を「生産性」や「有用性」で測る優生思想を明確に語っています。

法廷では、「話せない入所者を狙って刺した」「しゃべれます」と職員が答えても「しゃべれないじゃん」と刺し続けたこと、「こいつらは生きていてもしょうがない」と発言していたことが明らかにされました。

また、精神鑑定医による証言では、妄想的な発言や「自分は選ばれた人間である」「障害者を殺せばトランプ大統領が絶賛してくれる」などの異常な思考も指摘されています。

さらに、初公判の法廷では植松が突然、自らの右手小指を口に入れて噛み切ろうとする行動に出て、刑務官が制止する場面もありました。

この行為については、謝罪や反省の意思表示とも受け取れる一方で、形式的なパフォーマンスに過ぎないという見方もありました。

2020年3月16日、横浜地裁は「計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行であり、悪質性も甚だしい」として死刑判決を言い渡しました。

判決後、植松は「死刑は覚悟していたが、納得したわけではない」「懲役20年くらいが妥当だろう」とも語り、控訴は「自分がいってきたことと矛盾するのでしない」と述べ、死刑が確定しました。

植松聖の生い立ち

事件前の植松聖

植松は1990年1月20日、神奈川県相模原市で一人っ子として生まれました。父親は東京都内の小学校で図工の教師を務め、自治会活動にも熱心に参加していました。

母親は漫画家という家庭で、知的で文化的な環境に育ちました。1歳のときに家族で多摩平団地から相模原市緑区千木良地区に転居し、事件現場となった「津久井やまゆり園」からほど近い場所で成長しました。

小学校時代は地元の千木良小学校に通い、同級生や下級生に知的障害のある子どもが在籍していました。

低学年の頃には「障害者はいらない」と作文に書いたこともありましたが、同級生たちからは「障害者を差別するような言葉を聞いたことがない」「障害のある生徒も同級生として受け入れていた」との証言もあり、表面上の言動と内面の意識にはギャップがあった可能性が指摘されています。

中学校ではバスケットボール部に所属し、活発な一方で、友人と一緒に喫煙や飲酒、万引き、器物破損などの非行行為も経験しました。

高校卒業後は帝京大学文学部に進学し、小学校教員免許を取得しましたが、教師にはならず、卒業後は運送会社に就職。その後、2012年12月に「津久井やまゆり園」に非常勤職員として採用され、翌年から常勤職員となりました。

学生時代や社会人になってからの植松について、友人たちは「もともと明るく、誰とでも話せるタイプだった」と振り返っています。

バスケットボール部でもムードメーカー的な存在で、友人関係も広かったそうです。一方で、大学時代から薬物や刺青に興味を持ち始め、交友関係が変化していったことを心配する声もありました。

ある友人は「大学の後半からは急に思想的な話をするようになり、障害者や社会について極端な意見を言うようになったので距離を置くようになった」と証言しています。

また、やまゆり園で働き始めた当初は熱心だったものの、次第に職場でのトラブルや暴言が増え、周囲との関係も悪化していったと話す人もいます。

【相模原障害者施設殺傷事件】の関連書籍

『やまゆり園事件』神奈川新聞取材班

やまゆり園事件』(神奈川新聞取材班著、幻冬舎)は、事件の全貌を、地元紙記者が4年にわたり徹底取材したノンフィクションです。

元職員で犯人の植松との37回に及ぶ接見記録や手記・イラストを収録し、彼の生い立ちや思想、事件の背景にある優生思想の問題を深く掘り下げています。

また、被害者19人の実名は伏せられていますが、一人ひとりの人柄や遺族の思いを丁寧に描き、匿名裁判の問題点や社会の責任、共生社会の課題についても論じています。

本書は、事件の事実だけでなく、「命の平等」や「分断しない社会とは何か」を問いかける内容となっています。

植松の異常な思想だけでなく、社会の中に潜む優生思想や分断、そして私たち一人ひとりの意識や社会のあり方までを深く問う一冊です。

『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』雨宮 処凛

相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(雨宮処凛著、太田出版、2020年)は、著者が全16回にわたって相模原障害者施設殺傷事件の裁判を傍聴し、その詳細な記録と考察をまとめたノンフィクションです。

本書では、2020年3月の死刑判決に至るまでの全ての公判を丁寧に追い、植松の発言や態度、被害者遺族や関係者の声、証人尋問や精神鑑定の様子などが臨場感をもって描かれています。

著者は、「社会の役に立ちたい」と語る植松の動機と、障害者排除の思想のあいだにある矛盾や、現代社会が抱える闇に迫ります。

著者自身が植松と面会した際のやりとりや、裁判を通じて感じた社会の空気、障害者差別や優生思想、命の価値についての考察も盛り込まれており、事件の本質に多角的に迫る一冊です。

【相模原障害者施設殺傷事件】まとめ

事件現場に供えられた花束

この事件は、植松の優生思想から、その信念のもとで大量殺人を実行しました。その行動は日本社会に深い傷を残し、私たちに重い問いを突きつけました。

また、社会全体に根強く存在する「選別」や「排除」の論理が、この事件を決して“他人事”にできないものにしています。

インターネット上では「殺人はいけないが考え方は分からなくもない」といった意見や、植松を“ヒーロー”のように扱う危険な声も見られ、差別や優生思想が今も社会に根深く残っていることを痛感させられます。

この事件は、「自分の中にも差別や排除の心がないか」「本当に誰もが安心して生きられる社会とは何か」を考えずにはいられない、社会全体への根源的な問いを投げかけ続けています。

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